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カスタマーレビュー
おすすめ度:
あまりにも純粋な友情
(2008-12-29)
今まで観た映画の中で1番の傑作だと思える作品であり、そしてこれからも変わることはないだろうと思います。
一言で言うなら、「純粋」です。子供らしい純粋さがひしひしと感じられます。
病気や死を取り上げていますが、そういう映画に有りがちな偽善的な優しさというものがこの映画では全く感じられません。
最初にエリックはエイズであるデクスターを差別的な言葉で罵ったりしますし、病気に気を使ったりしません。そしてデクスターもいちいちエリックの発言に傷ついたりしないのです。
この2人が仲良くなるのは本当に自然な流れで、見ていると「ああ、子どもってこういう風に仲良くなっていくんだな」と感じます。
遊び感覚で治療法を探していくエリックとデクスターですが、最後エリックが「治療法を見つけられなかった」と言う場面、ここで本気で探していたのだと気付き、その純粋さに涙しました。
この映画のポイントは主人公が子どもだということ、そしてエリックが心優しい少年ではなく悪ガキだということ。
屁理屈こねてお菓子の代金を払わせたり、ずる賢いエリック、そんな彼の隣にデクスターが越してこなければきっと彼もエイズに対して偏見を持ち続け、ホモとからかったりするかもしれません。
それは子どもにとって当然の感覚なのかもしれません。
でも、どんな悪ガキだって心の中は清く優しいのだと、エリックを見てるとそう思います。誰もがそういう部分を持っているんです。もちろんエリックをいじめていた3人にも。
お涙頂戴とは全然違います。主人公が泣き叫んで涙を誘う演出などは全く無く、エリックは最後まで悪ガキのままです。
本当に本当に純粋な悪ガキです。
ブラッド・レンフロ、ジョセフ・マゼロ、この2人ほどの好演ができる子役はいなかったのではないでしょうか。
ブラッド・レンフロにはもっと活躍してもらいたかったですね…。
スニーカーを渡すシーンはどんな名シーンにも負けない名シーンです。
人生観が変わる
(2008-09-16)
この映画に出会わなかったら、福祉に興味を持ち、福祉施設でのボランティアに長年携わることもなかっただろうし、『映画』ってもの自体今ほど好きにならなかっただろう―。
これは小学生の頃テレビで観た作品だが、鳴咽が出るほど泣いたのを覚えている。それから何度観たことか‥。大人になった今でも、断トツに『一番好きな映画』であることに変わりはない。むしろ年を重ねるにつれて、命の深みや病気、障害について考える際の「核」となっていった。
映画は、時にストーリー以上の贈り物をくれることがある。例えば私の場合、この作品が、私に映画の素晴らしさと将来の夢(福祉に携わること)をくれたのだ。
小学生にも理解できるシンプルな内容だが、ただの「単純(シンプル)」に終わらない。シーンやセリフのひとつひとつに込み上げる想いが詰め込まれている。
最後に、ブラッド・レンフロのご冥福をお祈り申し上げます。
アナベラ・シエラの鬼気迫る熱演に涙が止まらず。
(2008-02-07)
レンフロ死んじゃいましたね・・・・。薬に嵌っていたとは悲しい・・・。
見せ場はラスト近辺のアナベラ・シエラが演じる難病の少年の母親としての偽らざる心情にある。
それまでは劇中でも悲しみを表に出さなかった母親が息子の死の後、車で主人公の少年を家に送る途中、信号待ちで横断歩道を渡る息子と同じくらいの子供の姿を見たとき・・・・押さえ込んでいた悲しみが溢れ出して耐え切れずに嗚咽してしまう場面。「治療法を探せなかった・・・・」と自分を責める主人公を「あなたが息子を孤独から救ってくれた」と感謝の気持ちを込めて抱きしめてあげられる彼女の強さ。
続いて家に到着した主人公に平手を打つ母親を家の中に連れ込んでの直接対決!
片や難病の子を持ち、周囲からの様々な偏見や誤解に耐えながらも息子を愛し続け、そしてその息子の心を支えてくれた息子の親友すらも愛した母親と、片や立派な息子を持ちながらも息子を理解しようとせず、ほったらかしにしていた母親。どちらが強いかなど言わずもがな。
主人公の母親に勝ち目が無かったのも当然のことで、「今度あの子を叩いたら、私があなたを殺すわよ!」のセリフに息子の苦しみに対して何もしてあげられなかった母親としての無念・悲しみ・後悔・・・といった感情の全てが籠っていた。
涙無くしては観れない・・・・「泣ける」映画の最高峰。よってこの評価。
ブラッド・レンフロ
(2008-01-18)
今日ニュースでブラッドレンフロが亡くなった事を知りました。
今となってはこの映画が彼の最後の少年らしさを、まるで奇跡のように切り取って残してくれたような作品となってしまいました。
少し残酷で、だけど美しい友情の物語。ラストで彼が靴を流すシーンにいろんな意味を感じてしまいます。DVD化を強く望みます。
優しい光をありがとう。ご冥福をお祈り致します。
アメリカ産映画らしからぬ作品。
(2007-05-07)
エイズをテーマにした映画の多くは、必要以上に観客の共感を引くために悲壮感を強めてしまう作品が多い。が、この作品の場合は全く異なる。これだけ重いテーマでありながら、見終わった後は非常に清清しいのだ。この映画の巧妙なところは友情と母親の無償の愛の描写である。特に大人になるにつれて人間関係にも打算が介入し、何かにつけて理詰めで考える我々大人にはこの世代の友情というものは理解しにくい。なぜなら、この世代の子供の純粋さは、論理的な理由など必要とせず互いを引き付けてしまうからだ。その意味で、この作品は大人の作為を彼らの友情の描写に挿入することなく淡々と描くことでただ等身大にリアルに感じられる。アナベラ・シオラの母親役も絶妙で、無理にお涙頂戴なシーンがなくとも十分に心に響く。
おすすめ度:
あまりにも純粋な友情
今まで観た映画の中で1番の傑作だと思える作品であり、そしてこれからも変わることはないだろうと思います。
一言で言うなら、「純粋」です。子供らしい純粋さがひしひしと感じられます。
病気や死を取り上げていますが、そういう映画に有りがちな偽善的な優しさというものがこの映画では全く感じられません。
最初にエリックはエイズであるデクスターを差別的な言葉で罵ったりしますし、病気に気を使ったりしません。そしてデクスターもいちいちエリックの発言に傷ついたりしないのです。
この2人が仲良くなるのは本当に自然な流れで、見ていると「ああ、子どもってこういう風に仲良くなっていくんだな」と感じます。
遊び感覚で治療法を探していくエリックとデクスターですが、最後エリックが「治療法を見つけられなかった」と言う場面、ここで本気で探していたのだと気付き、その純粋さに涙しました。
この映画のポイントは主人公が子どもだということ、そしてエリックが心優しい少年ではなく悪ガキだということ。
屁理屈こねてお菓子の代金を払わせたり、ずる賢いエリック、そんな彼の隣にデクスターが越してこなければきっと彼もエイズに対して偏見を持ち続け、ホモとからかったりするかもしれません。
それは子どもにとって当然の感覚なのかもしれません。
でも、どんな悪ガキだって心の中は清く優しいのだと、エリックを見てるとそう思います。誰もがそういう部分を持っているんです。もちろんエリックをいじめていた3人にも。
お涙頂戴とは全然違います。主人公が泣き叫んで涙を誘う演出などは全く無く、エリックは最後まで悪ガキのままです。
本当に本当に純粋な悪ガキです。
ブラッド・レンフロ、ジョセフ・マゼロ、この2人ほどの好演ができる子役はいなかったのではないでしょうか。
ブラッド・レンフロにはもっと活躍してもらいたかったですね…。
スニーカーを渡すシーンはどんな名シーンにも負けない名シーンです。
人生観が変わる
この映画に出会わなかったら、福祉に興味を持ち、福祉施設でのボランティアに長年携わることもなかっただろうし、『映画』ってもの自体今ほど好きにならなかっただろう―。
これは小学生の頃テレビで観た作品だが、鳴咽が出るほど泣いたのを覚えている。それから何度観たことか‥。大人になった今でも、断トツに『一番好きな映画』であることに変わりはない。むしろ年を重ねるにつれて、命の深みや病気、障害について考える際の「核」となっていった。
映画は、時にストーリー以上の贈り物をくれることがある。例えば私の場合、この作品が、私に映画の素晴らしさと将来の夢(福祉に携わること)をくれたのだ。
小学生にも理解できるシンプルな内容だが、ただの「単純(シンプル)」に終わらない。シーンやセリフのひとつひとつに込み上げる想いが詰め込まれている。
最後に、ブラッド・レンフロのご冥福をお祈り申し上げます。
アナベラ・シエラの鬼気迫る熱演に涙が止まらず。
レンフロ死んじゃいましたね・・・・。薬に嵌っていたとは悲しい・・・。
見せ場はラスト近辺のアナベラ・シエラが演じる難病の少年の母親としての偽らざる心情にある。
それまでは劇中でも悲しみを表に出さなかった母親が息子の死の後、車で主人公の少年を家に送る途中、信号待ちで横断歩道を渡る息子と同じくらいの子供の姿を見たとき・・・・押さえ込んでいた悲しみが溢れ出して耐え切れずに嗚咽してしまう場面。「治療法を探せなかった・・・・」と自分を責める主人公を「あなたが息子を孤独から救ってくれた」と感謝の気持ちを込めて抱きしめてあげられる彼女の強さ。
続いて家に到着した主人公に平手を打つ母親を家の中に連れ込んでの直接対決!
片や難病の子を持ち、周囲からの様々な偏見や誤解に耐えながらも息子を愛し続け、そしてその息子の心を支えてくれた息子の親友すらも愛した母親と、片や立派な息子を持ちながらも息子を理解しようとせず、ほったらかしにしていた母親。どちらが強いかなど言わずもがな。
主人公の母親に勝ち目が無かったのも当然のことで、「今度あの子を叩いたら、私があなたを殺すわよ!」のセリフに息子の苦しみに対して何もしてあげられなかった母親としての無念・悲しみ・後悔・・・といった感情の全てが籠っていた。
涙無くしては観れない・・・・「泣ける」映画の最高峰。よってこの評価。
ブラッド・レンフロ
今日ニュースでブラッドレンフロが亡くなった事を知りました。
今となってはこの映画が彼の最後の少年らしさを、まるで奇跡のように切り取って残してくれたような作品となってしまいました。
少し残酷で、だけど美しい友情の物語。ラストで彼が靴を流すシーンにいろんな意味を感じてしまいます。DVD化を強く望みます。
優しい光をありがとう。ご冥福をお祈り致します。
アメリカ産映画らしからぬ作品。
エイズをテーマにした映画の多くは、必要以上に観客の共感を引くために悲壮感を強めてしまう作品が多い。が、この作品の場合は全く異なる。これだけ重いテーマでありながら、見終わった後は非常に清清しいのだ。この映画の巧妙なところは友情と母親の無償の愛の描写である。特に大人になるにつれて人間関係にも打算が介入し、何かにつけて理詰めで考える我々大人にはこの世代の友情というものは理解しにくい。なぜなら、この世代の子供の純粋さは、論理的な理由など必要とせず互いを引き付けてしまうからだ。その意味で、この作品は大人の作為を彼らの友情の描写に挿入することなく淡々と描くことでただ等身大にリアルに感じられる。アナベラ・シオラの母親役も絶妙で、無理にお涙頂戴なシーンがなくとも十分に心に響く。

